私は手を振る。

「すべての存在は、滅びるようにデザインされている。」

 

大好きなゲーム『NieR:Automata』の冒頭のナレーションで流れる台詞だ。

 

命を持たない機械人形の口から発せられる言葉であることが、

なんとも皮肉が効いているとは思うのだが。

 

やはり、二十数年生きていると、

生と死、出会いと別れを実感する場面も少なかれ経験する。

 

出会うもの全ての背後には、別れが最初から用意されているのだ。

 

私は一期一会という言葉が嫌いだ。

出会った瞬間から、必ず訪れるであろう別れを意識させられてしまうから、

なんて悲しい言葉なんだ、という印象を抱いてしまう。

 

美しい言葉として、そんな言葉が存在しているばかりに、

私は出会いに焦がれているのに、出会いを恐れてしまう。

 

そんな私が、この町で、私の生きた年数まるごと、

二十数年間私を待つ出会いと、今日、遭遇した。

 

 

自宅から程近く、徒歩5分ともかからない場所に喫茶店を見つけた。

 

住宅に囲まれた店先にはKEY COFFEEの看板が立っており、

古びた赤いオーニングと蔦に巻かれた建物、

一目で老舗だとわかるような出立ちで、

その喫茶店は私を二十数年間も待っていた。

 

この類の店に入るときに限っては、

他の人が必要としている類の勇気が私には必要がないので、

迷わず扉を開いた。

 

カウンター四席、四人がけのテーブルが4つ、全てレトロなゲーム台のテーブルだった。

店内は薄暗く昭和感満載な雑多なアンティークとカラフルな造花で彩られており、

空調設備はなく、時世の換気で冷えた店内は石油ストーブで暖められていた。

 

カウンターの席に、ひとりの年配の女性が座っており、

私が入るなり笑顔と元気な声で迎え入れてくれた。

 

話を聞いたところ、創業五十年弱と、

私の父親が生まれたような時代から続いているらしかった。

 

「今主人が出ててね、少し時間かかっちゃうけど大丈夫?」

そう言いながら老婦はコーヒーの準備を始めた。

 

どうやら、年配の夫婦で営む喫茶店らしい。

老婦は気さくに私に話しかけてくれた。

私が生まれてからずっと近所に住んでいることを話すと、

嬉しそうに、創業したての頃のこの街のことを教えてくれた。

 

程なくして、マスターが店に帰ってきて、

ほとんど同じ頃に私のテーブルにコーヒーとたまごサンドが届いた。

 

マスターはとても会話好きな方らしく、

会話が引き継がれてからはほぼマスターとの会話に時間を費やした。

 

彼らの御子息はミュージシャンであるらしく、

話を聞くと私も贔屓にしてもらっているライブハウスに出入りしていた様で、

その話でも会話に花が咲く。

 

それからは、一時間という滞在時間が信じられない程の量を、

膨大な数の話題を二人で語り尽くした。

 

私は、家にこもっている時間が長すぎたので、

外界との時間の流れの違いを実感する空間に久しぶりに滞在した気になれた。

 

やはり、話題はやがて今の情勢の話に展開した。

そのときマスターは終始、寂しさを滲ませながら、

今の日本を嘆いた。

 

人と出会い、人と顔を合わせながら言葉を交わす。

その素敵さを説いてくれた。

何十年も、何回もの一期一会を繰り返し、

その喜びも悲しみも全て心に刻み、

そうして今、この場所で私にその喜びを教えてくれているんだ。

 

この人はきっと、この町の人を愛し、

この町を愛している人との会話を楽しみに、

五十年弱ここでコーヒーを淹れ続けているんだな、

とそのとき理解した。

 

老夫婦は、昨年亡くなった祖父とほとんど近い年齢で、

孫くらい離れた私と、友達になってくれた。

 

人は常に、片手には出会いの喜びと、

片手に別れの悲しみを握りしめた状態で、

いろいろなものと出会う。

 

私の悪い癖で、帰り際、やはり悲しくなってしまった。

 

不謹慎ではあるが、やはり、祖父を喪ったばかりの私には、

どうしたってこんなことを考えてしまう。

 

あと、何回会えるだろうか。

 

いつもそうだった。

愛する人と出会うと、その人と会える回数に限りがあることを意識してしまう。

 

悲しいかな、別れのない出会いはこの世には存在しない。

私という場所に存在している私とすら、いつか出会いの瞬間が訪れる。

 

だから、愛している人とは、会える限りは何度も会いたい。

当たり前のことだけど、時間には限りがあって、

その分会える回数にも自ずと限界が発生している。

 

そんなことを最初から考えてしまうから、

だから、私は、出会いが怖い。

 

あと何回会えるかな。

 

早く会いたいな。

 

あの人にも、あの人にも。

 

 

 

マスターは店を私が店を出てからも、

私の背中がどこまで小さくなろうと、

見えなくなるまでこちらをみていた。

 

角を曲がる直前、私はほとんど焦って手を振った。

マスターは、大きく手を振りかえしてくれた。

 

涙が枯れていなければ、涙を流していたような心持ちになった。

どうしてかは、私には複雑すぎてまだわからないが。

 

私は、手を振ることが好きだ。

目上の人であろうが、別れる時には手を振りたい。

根拠はないけど、それが再会の約束であると信じている。

 

だから、私は、愛する人に手を振る。

「バイバイ」ではなく、「またね」を込めて、

私は手を振る。

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