虚なる花瓶
風邪を引きました。それも結構重いの。
陰性ではあったが、今回の風邪で色々と怖い思いをした。
今回はその話はしないけどね。
検査を受けたのは火曜の話。
職場は優しくて、今日の今日まで休みをくれた。
まだ有給を取れる身分ではないので単純に給料は減るのだけど。
昨日、数ヶ月繰り広げていた沈黙の片恋が終焉の鐘を鳴らした。
もちろん奏でるは、マイナー。
化学文明幾年、発達以来、この現象には名前がつかない。
なぜ人は風邪を引くと好きな人に連絡をしたくなるのだろうか。
その理屈とか心理とかは理解できるのだが。
〜
或12月、とてもやんごとなき事情で彼人は元気をなくしてしまい、それからずっと会えないことになった。元気になったらまた会うことを約束し、その日を夢に見て眠った。
私は快気の報告を今か今かと待ち続け、待ち続けていた。
彼人からの連絡は一向に来なかった。私は今月に3月に入った頃だろうか、彼人に連絡を入れてみた。
彼人はいつの間にか元気を取り戻し、恋人を作っていた。
私は谷崎なんちゃらとかいう作家の或作品に大変感銘を受けるほどの人間であり、もちろん凄まじくショッキングではあったが、それでも彼人の目に私が映っているのであれば二番手でも構わないと思った。だって、あんなに愛してくれた時もあったのだから、二番手は確実なのだ。
恋は盲とはよく言ったもので、その時の私は略奪二股なんでもござれという状態だった。
・不倫•••倫理にあらず
弱者な私は恋愛の作法に不勉強で、その先にある恋愛における倫理など知るはずもないのだからないもの同然だ。
彼人もそこに於ける倫理など持ち合わせていないような人なのだから、尚。
風邪の話に戻るのだが、これでも病院にかかる前日なんかは呼吸もままならないほどのものであった。一日二日寝込み、やっと善くなったものだ。
体の調子が戻ると、急に誰かに気にかけて欲しくなった。
他ならぬ彼人に。
久方ぶりに電話などしようず、などと申し入れてみた。
その途端に動悸が激しくなった。
慣れないものではあるが、悪いものでもないなとかなんとか思っていたかな。
彼人は言った。
恋人が嫌がるからできない、と。
許せない、許せない。
彼人からそんな、聖人君子のような、そして真実の言葉など口にされたくなかった。
思えば一度も告白などしたことなかった。
それなのに何度もフラれている気がする。
そこから私の悪癖が激化した。
しかし私のマシンガンが彼人に通用しないことなど分かっていた。
驚くべきことにセフレは全員切ったらしい。
ならばなぜ、私は、と問うと
あなたはセフレでもない、それ以下の存在だ、と言う旨の。
取るに足らない眼中にない人間であったらしい。何が二番手だ、ちくしょう。
私は、興味のない人間にも甘言を囁く人間だよ、と改めて。
私はひどい人間だから何を言ったかも覚えていないし、全て嘘だろう、と。
「今までありがとう。ばいばい!」
打ち切り。
「俺たちの戦いはこれからだ」END
7回雨天コールド負け。
簡単に繋がれる分、離れる時もあまりにもあっけない。現代。
本を貸していた。そのことを彼人も覚えていた。
それを人質に、いや物質に使うことだけはしたくなかった。
なんて浅ましいんだろう。この期に及んでいい人に見られたかったと言うのか。
しかし私の気持ちは変われるはずもない。
彼人は、一般的善悪の天秤にかけるのであれば悪に傾くかも知れない。
しかしその一般論をも凌駕するほどに魅力的な人だった。
というよりも私は善悪で人を好きになったりしないし、善悪と好きな気持ちは完全に別な場所にあった。
とても好きなところが多かった。とても好きな人だった。
しかし私は彼人を憎んでいる。
最後まで惹かれてしまうようなところをだ。
朝、手始めに或マグカップを力強く床に叩きつけた。
思ったより頑丈で、割れなくて笑ってしまった。
そして私の心は、以前恋人に別れを告げた時以来の大泣きを演じた。
涙は流れなかった。
滑稽の極みだが、もしかしたら、一連の発言は私の心を自分から離すための思いやりかも、とか思ってしまうくらいには未練タラタラだ。
きちんと別れを告げることなど絶望的で、もう会えることなんてないのに、この期に及んで少しでも愛されていたことを知って終わりたかったなんて思ってしまうのはどう言った感情なのだろう。
私は、好きな人の好きなものを好きになるという無益なタスクから解放された。好きになれたものは残らず私の糧となり、私になった。負担が減って心が軽くなった。しかし、増えた空き容量を持て余し、切ない。
驚くべきことに、それだけで体重が4キロ近く落ちていた。手軽なダイエットじゃあないか。
今、届かなくなった恋文を書く手を止めず、なんと浅ましいことに私は(とても恐縮ですが)ありがたいことに私のことを好きだと言ってくれる人に甘えている。
申し訳ないことだとは思うが、私は悪びれるつもりはないらしい。
いつの間にか、私の辞書の「道徳」の文字は黒く塗りつぶされていた。
にしても読者諸君には、あんなに心の弱い私が自分の大失恋をこうも面白おかしく記している裏の涙ぐましい苦悩を読み取ってほしい。
私の中で突然に、キラキラと目に痛いクリスマスが終わり、もうすぐ春が訪れようとしている。
花瓶にはもうスカビオサなんて挿さっていない。次はどんな花を飾ろうか。
あ、こんなところにいい曲が!!!
「今までありがとう。ばいばい!」