失せ物:忘れた頃に見つかる 待ち人:来ず

昨日すっぽかして一時間半早まった午前の診療を終えて、

帰りの電車に乗った。

 

自宅の最寄駅である一駅隣で、なんとなく億劫で、

なんとなくドアが閉まるのを見送っていた。

 

自宅の沿線をあてもなく走るこの電車は、

今日は私をどこへ連れて行ってくれるのだろうか。

 

意思を持たない私は、連れられるがまま。

 

 

どうか、行ったことのない、どこか遠くへ、

 

 

降りたのはそう、上野だった。

 

いつもの道を通り、花屋を覗き、広小路口へでた。

花屋には数週間前に私の目を奪ったデルフィニウムが未だ並んでいたが、

今日は特段美しく映らなかった。

 

私の部屋の花瓶に数輪挿さっているデルフィニウムの方が、

儚くて、美しい。

 

そう思った。へへ。

 

駅を出ると、交差点がある。

 

あの日、広告にぶら下がっていたエリザベス女王は、

日本画に変わっていた。

 

少しだけお腹が空いて、パン屋を探した。

 

歩けど歩けど見当たらなくて、

観念してGoogle先生に質問を意図とするところの挙手をした。

すると、徒歩3分圏内のところにパン屋があった。

 

その道すがら、あの日歩けど歩けど見当たらなくて諦めた、

ラーメン屋が、ラブホテルが、何軒も目に入った。

 

それでも、私はこの街が好きだ。

 

上野恩賜公園で少しだけ咲いている寒桜の写真を撮っていると、

後ろから男女の声で

「全然咲いてなくね?」

と嘲笑混じりの声が聞こえた。

 

いいじゃんね、別に。

 

公園には、

 

散歩するねこ、

 

ひとと散歩するいぬ、

 

ひとと散歩するうさぎ、

 

ひとと散歩するひと、

 

ひとり散歩する私。

 

噴水はカラフルなチューリップに囲まれていた。

 

私は、上野恩賜公園の果てに辿り着き、

 

ベンチに座って左目に噴水を俯瞰しながら、

 

先ほど手に入れたお惣菜パンの袋を開けた。

 

六つほどあるベンチは4つ埋まっていた。

 

向かって右から三つ目を陣取った。

 

座っている私から見て右側三つは、

いかにもソロプレイヤーライフを謳歌していそうな

白髪頭の老人が一人ずつ座って煙草をふかしていた。

 

私も彼らに混ざって、パンを齧りながら、煙草を吸った。

 

良い子は真似しないでね。

 

ちょうど私の隣の老人はミネラルウォーターのペットボトルから、

飲み物を飲んでいた。

 

よく見るとその中身は緑色に濁っていた。

 

私のちょうど右隣は、場所を選ばずに、

海外の言語で愛を囁き合うカップルの席だった。

 

アジアンの男女は、二人用のベンチで、

彼氏は膝の上に彼女を座らせていた。

 

隣、よろしいですか、と誰か座ってみて欲しいものだ。

 

彼らは、お互いの首に手を回し、

こちらにも音の聞こえるほどの熱烈さでキスの応酬を始めた。

 

私は別に構わないんだけど、

 

あなた方はここでいいんですか?

 

と確認したくなった。

 

おそらく彼ら以外私含め全員無職だ。

 

私は別に構わないんだけど。

 

しかし、音すらも聞こえてくると流石に耳に障るものがあり、

 

自宅のベッドでやってくれと思えてきた。

 

ベッドは行き過ぎだ。自宅のソファで頼む。

 

無ければ座椅子で。

 

 

私は、左耳で熱い接吻の音を聞きながら、

右耳でアルバイトの応募の電話をかけた。

 

門前払いだった。

 

今日もひとり。

 

長閑だ。

 

あ、コーヒーこぼした。

 

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