片目を瞑って視る世界

夜は静かで、暗く、不安で孤独だ。

 

私の片眸には、声をあげても誰にも届かない世界が映る。

 

その左目に映る世界は酷く寂しく有機的温度を感じることができない世界。

 

感じるのは、押し付けた胸が不規則に床に打ち付ける振動。

 

だだっ広いフロアにバスドラムの圧だけが轟いている。

 

音響も照明も引き上げたステージ。

 

たまに間違えるリズムを誰にも聴かせることもなくただ一人で轟かせている空間。

 

窓には月だけが私とは無関係に輝いている。

 

この左目で視る世界では全てが無関係。

 

狭い部屋の小さなベッドが私には途方もなく広い世界。

 

無関係。無縁。どこにもつながれない閉じ込められた空間。

 

錯覚。

 

左目を閉じ、右目を開けば、そのすべての意味がひっくり返り、

 

両目を閉じれば世界そのものがひっくり返る。

 

ひっくり返った世界では、私の意志は通用しない。

 

 

無意識に両目を開いて生活している者にとっては

 

片目だけでは遠近感が掴みづらい。

 

私にとっては両方の目玉が必要らしい。

 

私には、両の眼をしかと開き、そこに映るありのままの世界を歩める時が、いつか訪れるのだろうか。

ダリアリズムな日々

何か聞こえる

 

何かがこちらに叫びかけている

 

とても大事なこと

 

それはきっと、生きるとか死ぬとか

 

意味とか理由とかよりもっと大事なこと

 

しかし、何を言っているのか聴き取れない

 

目の前には、竜巻状になった情報の渦

 

よくみてみると、全て小さな文字で構成されている、絡まり

 

手を触れてみても、一つ掴んでみても、

 

今の自分にはそれが何を意味するのかはわからない

 

きっと意味などない

 

いや、きっと自分が意味に取り憑かれ過ぎているあまり

 

それを求めて手を伸ばしている

 

手に負えないその情報の渦に身を投じてみても

 

脳が処理しきれずに呑み込まれてしまう

 

それは私の脳も聴覚も支配し、

 

さらには思考をめちゃくちゃにする

 

私の心の叫びを遮っている。

 

何を叫んでいるのか、聴き取れない

 

邪魔だ。消えてくれ。

 

消えてくれ。

 

私の、心の叫びを聴かせてほしい。

 

 

 

とかなんとか言うてはりますけども、

 

今日の私はここ最近に比べてアクティブでした。

 

というのもやらなければならないことが多かっただけなのですが。

 

久しぶりに太陽のやつと会いました。

 

相変わらず賑やかな野郎です。

 

心が折れる出来事が三つほどありました。

 

でも、最後に一つだけ嬉しいことがありました。

 

気持ちをそのままに帰りに花屋へ寄ってみると、

 

季節外れの綺麗なダリア。

 

品種は群金魚。

ネーミングはそのまんま、中心に向かって金魚が群れているように見えるかららしい。多分。

 

ちなみにダリアは一般的に「華麗」「優雅」など、

見た目通りの花言葉が有名だ。

 

しかし「不安定」「移り気」「裏切り」といった花言葉も存在している。

 

時は18世紀後半、フランス

 

世間はフランス革命の混迷の最中、上流階級で流行した花がダリアだという。

 

ダリアという花をこよなく愛していたとある貴婦人の話。

 

彼のナポレオンの奥方であるジョセフィーヌは当時貴重な品種であったダリアを美しく宮廷に咲かせていたことに誇りを持っていた。

 

ジョセフィーヌはダリアを独占的に愛し、その球根を誰に頼まれても譲ろうとしなかった。

 

ある日、そのジョセフィーヌの高慢な様子に腹を立てた某人が庭師を懐柔し、宮廷からダリアを盗むことに成功した。

 

盗まれたダリアは人を選ばず綺麗に花を咲かせた。

 

それから、ダリアの希少性は失われ、ジョセフィーヌもそんなダリアへの興味を失くしてしまったという。

 

そんなエピソードから、上述した花言葉が生まれたという。

 

「不安定」「移り気」「裏切り」

 

後ろ暗さを孕んだ美しさに惹かれてしまう。

 

私は本当にダリアが好きみたい。

 

迷うことなくお迎えいたしました。

 

近頃はダリアもハウスで栽培しているみたいで、

秋口以外にも出回っているみたいです。

 

昨年末に買ったお気に入りのベースに活けて

エキゾチックにパシャリ。

 

これで取り返せたかな。

 

 

あ、明けましておめでとうございます。

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良いお年を

お久しぶりです。

 

2021いろいろありましたね。

 

思えばここで自分の心情を綴るようになったのも2021年の一月でしたね。

 

それからというもの、自ら経験を求めに行っては傷つき、

懲りずに同じことで落ち込み、そんな一年でした。

 

ありがたいことに色々物書きの仕事もいただいたりと、

少しずつ文字を書く人になれていっているような気がしています。

 

しかし、物語を書く人間としては未だ花は開いていません。

悔しいですがそれはまた来年以降ということで。

 

今年繋がった縁、切れてしまった縁、数えれば両手は愚か足の指を使っても数え切れないほどです。

 

私の今年の漢字は「縁」なのかも。

 

縁に一喜一憂した一年であったと思います。

 

ぞんざいに扱ってしまいがちな縁も、来年こそは大切にしたいと思います。

 

お世話になった人、本当にありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いたします。

 

今年会えなかった人も、来年は会えるといいね。

 

来年こそはいい年に。

 

 

 

あ、そういえばまた仕事をやめました。

常勤の方の。

いよいよ将来が不安です。

 

てなわけで良いお年を〜

 

 

先日赤レンガ倉庫で買った花瓶を添えて。

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整備不良の

気づいたら、職場の時計の差す時間がずれていた。

 

そして、これまた職場の別の場所、元々ズレていた時計の針が直っていて、

 

さらには気に入りの喫茶店の時計の遅れも直っていた。

 

変わっていないのは、日毎に早まり、毎朝ズレを直す私の腕時計だけだ。

 

正確な時計など存在できない現実で時間という概念に翻弄されている。

 

真実のなど誰にも分からない世の中で

事実だけがコロコロ転げ回る様に似ている。

 

馬鹿に真実を望んでいるばかりに、その変遷に追いつけずに立ち尽くしている。

 

それぞれの日常の時間が一斉に動き出し、私だけが置いて行かれているような寂しさ。

 

離された手の温もりの温度を知る術もなく、

 

今はここにないという事実だけが存在している。

 

前の職場の近くには大型商業施設が建ち、

 

最近バンドでメジャーデビューを果たした「元」戦友からの連絡は途絶え、

 

人を信じることが怖くて恋愛ができないという悲しみを共有し、

寂しさを埋めあっていた友達は突然恋人を作った。

 

コチ、コチ、とそれぞれの時計が動く中、

 

どの時間にも属していない私の時計は整備不良でいつからか動かせないまま。

 

叶えるには、まだ足りていないパーツがあるみたい。

 

歪んだ時間の中で、それをずっと探している。

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写真は最近お会いしたハンドメイド作家DaQuiseさん(Twitter ID:@DaQuise_)の、ピアスとオブジェが一体になった作品「歪んだ時からの逃げ道」です。

整備不良の

気づいたら、職場の時計の差す時間がずれていた。

 

そして、これまた職場の別の場所、元々ズレていた時計の針が直っていて、

 

さらには気に入りの喫茶店の時計の遅れも直っていた。

 

変わっていないのは、日毎に早まり、毎朝ズレを直す私の腕時計だけだ。

 

正確な時計など存在できない現実で時間という概念に翻弄されている。

 

真実のなど誰にも分からない世の中で

事実だけがコロコロ転げ回る様に似ている。

 

馬鹿に真実を望んでいるばかりに、その変遷に追いつけずに立ち尽くしている。

 

それぞれの日常の時間が一斉に動き出し、私だけが置いて行かれているような寂しさ。

 

離された手の温もりの温度を知る術もなく、

 

今はここにないという事実だけが存在している。

 

前の職場の近くには大型商業施設が建ち、

 

最近バンドでメジャーデビューを果たした「元」戦友からの連絡は途絶え、

 

人を信じることが怖くて恋愛ができないという悲しみを共有し、

寂しさを埋めあっていた友達は突然恋人を作った。

 

コチ、コチ、とそれぞれの時計が動く中、

 

どの時間にも属していない私の時計は整備不良でいつからか動かせないまま。

 

叶えるには、まだ足りていないパーツがあるみたい。

 

歪んだ時間の中で、それをずっと探している。

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写真は最近お会いしたハンドメイド作家DaQuiseさん(Twitter ID:@DaQuise_)の、ピアスとオブジェが一体になった作品「歪んだ時からの逃げ道」です。

この世の終わりのような絶望色をした

私は雲の出ている夜空が好きだ。

 

それも、雲の輪郭がはっきり見えるような空が。

 

いったい、どんな絵の具を使えばこんな色の風景を描けるのだろう、と空を見るたび思う。

 

それがまだらに散らばった空を、出来れば何も隔たりのない、空に近い場所で両手をいっぱいに広げて仰ぎたい、という願望を持っている。

 

でも私は知っている。

 

雲がこんなに綺麗に見える夜は月が綺麗に輝いているからと言うことを。

 

美しいのは雲なのに、それを美しくしているのは月の光なんだって。

 

そのことになにか悔しみのような気持ちを覚える今日この頃。

 

と、久しぶりにここで文章を綴っているのだが、ここまで書いて私が耳打ちしてきた。

 

悔しみ、じゃなくて悔しさじゃない?

 

確かに、おかしな耳障りだと思った。

 

悔しみ、侘み、寂しみ、お刺身。

 

おやすみ

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