マッチあげます

今日も今日とて上野。

 

私と言えば上野、上野といえば私。に、なりたい。

 

上野のいつもの広小路口に向かう道にはエスカレーターがある。

そのエスカレーターは途中で水平になる。

子供の頃はそこで「休憩ポイント」だとかいってはしゃいでいたな。

上りのエスカレーターで斜め下に向かう慣性が、

真後ろに方向を変える瞬間は確かに体が楽になった。

 

 

通り道の花屋に寄って、デルフィニウムの花に目を奪われたけど、

お金を持っていないことを思い出してお迎えを断念。

 

 

気に入りの喫茶店に向かう。

今日もブレずに、好きな時代の曲が流れている。

 

最近の私は、自分から何か食べる物を欲する欲が乏しい。

だけど、喫茶店の食事にはそそるものがあって、

メニューを見せられ、コーヒー以外の出費を余儀なくされた。

 

シチューフェアをやっているみたいで、

まんまときのことトマトのクリームシチューに魅せられてしまう。

 

 

オーダーを伝えた後、煙草を吸おうと右ポケットを漁ると、

ライターがない。

 

ライターを忘れたってことはあれも、あれも、

いや、今はライターだ。

 

鞄の底を手探りで探す。

やはり散らかっている。

 

財布、レシート、国民年金の払込票、避妊具、歯磨き、ボラギノール

 

気を落ち着かせて、もう一度手を入れる。

 

サイズ感よし、太さ、幅よし。

うん、これだ。

 

ボラギノール

 

 

観念して、黒く長い髪を後ろにまとめた店員さんに声をかけると、

慣れた手つきで制服の左ポケットに手を入れ、

それを差し出してきた。

 

「え、え、私物ですか?」

 

「いいえ、マッチです。差し上げます。」

 

不毛で気恥ずかしいやりとりをしてしまった。

だけど不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 

今時店のマッチがある店なんて珍しい。

この店の、この街の、好きだ、が前よりも少し増えた。

 

姉との約束があるからそろそろ行かなくてはならない。

 

惜しいけど、